金銭報酬のパラドックス

何かの課題をクリアした際に得る金銭報酬は人々のモチベーションを高め、パフォーマンスを高めると言われていますが、あまりにも報酬が高くなりすぎると、その課題を失敗したら報酬がもらえなくなってしまうという潜在的な損失への危機感によって逆にパフォーマンスが下がってしまうようです。本人が気負いすぎるような大きな報酬は、本人のためにならないのかもしれません。リハビリテーションや教育分野でこのような認知神経科学研究の知見を活かしていけないでしょうか?

 

要約

雇用主はしばしば働き手をやる気にさせるために能力に応じて給料を支払うことがある。我々は新しく開発した課題*1を用いて、被験者のパフォーマンスに基づいて支払われる金銭報酬に対する行動の変化の背景に存在する神経基盤について検討した。被験者の課題に対するパフォーマンスは報酬額が大きくなればなるほど高まった。しかしながら、報酬額が高くなりすぎるとパフォーマンスが逆に下がってしまうという矛盾した結果が得られた。

報酬が大きくなりすぎると、最初に報酬が呈示されてから、課題を遂行するまでの間に線条体の活動が急激に低下した。パフォーマンスの低下と線条体の活動の低下は損失回避傾向*2に関する行動データから直接予測することができた。これらの結果は、課題の成功によってもたらされることがわかっている報酬が最初は潜在的な利得として符号化される一方で、実際に課題を行うときには被験者が課題の遂行を失敗したときに生じる潜在的な損失を符号化していることを示唆している。

 

*1この課題では、課題を行う前に、課題をクリアしたら支払われる報酬の額が呈示されます。それに引き続き、実際に被験者に課題を遂行してもらいます。

*2損失回避傾向とは、利得よりも損失を重視する傾向を指します。この傾向は人によってバラつきがあることがわかっています。

 

Vikram S. Chib, Benedetto De Martino, Shinsuke Shimojo, John P. O’Doherty. (2012) Neural Mechanisms Underlying Paradoxical Performance for Monetary Incentives Are Driven by Loss Aversion. Neuron. 74:582-594.

http://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/22578508